山、花、街のブログです。


by triangleYYY

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高水山の頂上までは、ちょっと急な坂がありますが、
惣岳山の下りや岩茸石山の上りに比べれば たいしたことはありません。
頂上の手前には、石の祠がありました。
(私は二つ見つけましたが、もっと多いのかもしれません)
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頂上には多くの人が休憩中でしたので、そのまま常福院に下ります。

いまから10年ちょい前に、この下り坂を歩いていたとき、
ふにゅっ という何かを踏みつけた感触があったものですから、
何だろう? と立ち止まって振り返ったら、
鎌首を立てて怒っているマムシがいたのでした。
そのときは、あやうく噛みつかれそうになって、腰が抜けるほどビックリしましたが、
今となっては、「♪ そんな時代もあったねと~」と、懐かしさも感じるのです。

常福院の端正な不動堂を拝んで、
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平溝橋を目指して山道を下りました。
(あとでネットを見れば、榎峠へ直行できるルートもあったようですが、このときは気付きませんでした)
植林帯を抜けて急な舗装道路を下ると、風格ある高源寺です。
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ここから川沿いに左手に進んで、平溝橋に出ました。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-31 21:46 | Comments(0)
惣岳山から北へ、岩茸石山を目指そうとしたとき、
青渭神社の社殿の脇に、見覚えのある「熊野修験」の木の御札があるのを発見。
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ここは、回峰行のルートにもなっているようです。
さて、惣岳山からの下りには、急な岩場があります。
滑ったり踏み外したりしないよう、慎重に通過しました。
そのあとは快適な尾根道です。
西方の展望が得られ、奥多摩の山々がよく見えます。
いい気分で歩いているうちに、早くも、岩茸石山への登りになりました。
ここにも、急な坂が待ち構えています。
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がんばって到着した岩茸石山は、北側を中心に伐採の手が入り、
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以前とは比べ物にならない展望のよい山になっていました。
霞んでいましたが、日光の男体山まで見えていて、大感激です。
本日は先が長いので、すぐに高水山に向かいました。
急坂を下りたら、快適な(本日いちばんの)落葉樹に囲まれた道となります。
北風の影響で気温が低いのでしょうか、
ところどころに、まだ霜柱が顔をみせていました。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-30 20:14 | Comments(0)
御嶽駅から惣岳山へは、針葉樹の林の中の急坂が続きます。
やがて、大きなスギの木の傍らに、「しめつりの御神木」という表示板。
注連(しめ)飾りの登場で、あたりの雰囲気も、宗教的になってきたようです。
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そのあと、「鶴亀の石」という表示板がありましたが、
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どれが鶴の石でどれが亀の石なのか、私にはよく分かりませんでした。
やがて、惣岳山頂上をパスするルートを右に分けると、
すぐに、こぎれいな祠と真新しい注連飾りがありました。
祠のところには「井戸窪」という表示板が置いてありましたから、
ここには湧き水があって、それがもとで 水の神の鎮座する神域になったのかもしれません。
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この先わずかで、頂上の青渭神社の社殿が見えてきました。
調布の深大寺の隣りにある神社と同名で、
もちろん、こちらの神社も「水の神様」です。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-29 22:37 | Comments(0)
年度末は、夜の部もけっこう忙しいものです。
連日の酒宴(打上会だとか、送別会だとか)は楽しいのですが、
美酒美肴のせいで内臓脂肪もしっかりと蓄積されてしまったようです。
   体重 +2kg、 腹囲 +2cm。 とほほ・・・。
そんなわけで、週末はハイキングで汗を流すことにしたかったのですが、
金曜日のアルコールの影響で、土曜日は沈没したまま。 我ながら情けなや。
29日(日)朝、ようやく気力・体力が回復したようでしたので、
奥多摩エリアを気ままに歩いてみることにしました。

電車の中で慎重にプランを練った結果、
今回は、御嶽駅から高水三山を歩いて軍畑の方に下り、
引き続いて、青梅丘陵のハイキングコースに入り、青梅駅まで歩く、
というロングコースになりました。
青梅丘陵ハイキングコースには初挑戦です。
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御嶽駅9:35→惣岳山10:45→岩茸石山11:20→高水山11:40→平溝橋12:25
→榎峠12:35→雷電山13:00→名郷峠13:20→青梅鉄道公園14:55→青梅駅15:10


御嶽駅着9:35のホリデー快速に座れた(すいていた)のは意外でした。
それでも、御嶽駅では多数が下車し、その大多数は御嶽駅方面のバスに向かっていきました。
駅東の踏切では、上り列車の通過を少々待つことになりましたが、
このときに、ウグイスの美声が聞こえてきて、私はすっかり嬉しくなりました。
寺院の脇からの静かな山道を、惣岳山を目指して出発です。(H)
by triangleYYY | 2009-03-29 20:55 | Comments(0)
山本五十六の戦死後の連合艦隊司令長官に就任したのが、古賀峯一です。
いわゆる「条約派」の一人で、米内光政、山本五十六、井上成美などに近い人物でした。
昭和19(1944)年3月、飛行機事故により殉職。
同日付で「元帥」位を贈られました。

多磨霊園の「名誉霊域」という特別の区域内に墓所がありますが、
並んでいる東郷平八郎や山本五十六の墓と比べると、
墓石には肩書もありませんし、
形状も五輪塔で、まるで出家者の墓のような地味なものです。
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このような墓が建てられたのは遺族の意向の反映なのでしょうが、
彼自身にとっても、この質素さがいちばんふさわしいようです。
制海権も制空権も山本五十六も失った後に任ぜられた連合艦隊司令長官ですから、
顕職とはいえ、苦悩の連続だったことと思われます。
彼もまた悲劇の提督の一人だといってよいでしょう。(H)
by triangleYYY | 2009-03-25 21:26 | Comments(0)

北高尾山稜(4)

富士見台から城山へ向かいます。
薄暗い林の中の、狭くて傾斜のある山道ですが、
要所要所に真新しい道標があって、道を間違える心配はありません。
やがて、ピーク上に「史跡 八王子城天守閣跡」という石柱が出てきて、
あたりは歴史のかおりが濃厚になってきました。
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城山頂上は現在は神社になっていますが、
今回はそれをパスして、山腹の「戦死者慰霊塔」に直行してみました。
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ただし、この慰霊塔へのルートは、
現在は がけ崩れなどでちょっと危険な状態になっています。(お奨めできません)

下りついたところにある立派な鳥居が、今回のハイキングの一応の「〆」の地点です。
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ここで、汗に濡れたシャツを着替え、
高尾駅までの舗装道路を 小一時間かけてのんびりと歩きました。
中途にある農水省の植物園のサクラも、もう少し先のようです。(H)
by triangleYYY | 2009-03-22 18:18 | Comments(0)

北高尾山稜(3)

尾根の北側の恩方地区には「夕焼ふれあいの里」があるとのことで、
縦走路から分岐していく標識がありました。
次のピークが「杉の丸」という、地図上の612mのピークです。
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東側が開けていて眺望が良いので、先客が休憩中でした。
コースは、引き続きアップダウンの繰り返しですが、
左手に林道が見えてくると、狐塚峠です。
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ここからが最後のがんばりどころです。
「杉沢の頭」という板が掛けられているピークを越せば、
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次のピークが富士見台で、先客2組が休憩中でした。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-22 17:51 | Comments(0)

北高尾山稜(2)

堂所山からは、最初は歩きやすそうな尾根道(写真上)ですが、
すぐに急な下り坂が連続するようになります(写真下。平坦に見えますが、実はかなりの急坂なのです)。
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下り立った関場峠には、南側から林道が通じています。
たったいま到着したかのようなハイカーが数人たむろしていました。
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私は東に向かって尾根道を直進。
太い倒木を乗り越えて、今度は急な登りに挑みます。
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このあたりは、数年前に、サルの群れに遭遇し、
包囲されてエサをねだられたという、あまり愉快でない思い出のある場所ですが、
今回はサルの気配は全くありませんでした。
東京都が立派な道標を整備してくれたので
(ガイドブックなどにも登載されるようになったのでしょうか)
行きかうハイカーも 以前より多くなったような感じがします。

この先、相当のアップダウンが連続します。
割合に平坦な南高尾山稜コースに比べ、
北高尾山稜は いかにも「筋肉が鍛えられる」という実感の持てるコースなのです。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-22 08:30 | Comments(0)

北高尾山稜(1)

今春の三連休、初日の3月20日(春分の日)は午前中が予想外の荒天で、
午後は晴れたものの、残念ながらハイキングには不向きでした。
期待をかけた翌21日(土)は、申し分のない好天。
中央線で白く輝く富士山を眺めながら今日の行き先を考えて、
久しぶりの「北高尾山稜」にしてみました。

歩き始めは相模湖駅で、
与瀬神社からのいつもの道を明王峠まで登り、奥高尾縦走路を東に向かって、
堂所山から北高尾山稜を歩いて高尾駅に出る というプランです。
(下の概念図が不鮮明でしたら、地図の上で左クリックしてみてください)
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今回は 5時間15分ほどをかけて歩きました。
相模湖駅9:15→明王峠10:40→堂所山11:00→関場峠11:20→富士見台13:00
城山分岐13:25→慰霊碑→城跡管理事務所13:45→高尾駅14:30


毎度のことなので 堂所山までの写真は省略したのですが、
堂所山の標柱の写真を見てみたら、標柱の上に何かがあるようです。
次回の機会に確認してみようと思います。
頂上は、西側の樹木が切り開かれていて、陣場山がよく見えました。(H)
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by triangleYYY | 2009-03-21 20:44 | Comments(0)
連合艦隊司令長官ときいて誰もが連想するのが、山本五十六。
海軍省での軍政畑が長く、永野修身大臣の下で次官に就任、
次いで、米内光政海軍大臣にも仕えたのち、
昭和14(1939)年、連合艦隊司令長官に転出しました。
次官時代の山本は三国同盟にも日米開戦にも強硬に反対していましたが、
このために生命身体へ危害が及びかねない情勢になったことから、
米内大臣の配慮で海軍省中央から一時的に遠ざけられたのだといわれています。
しかし、運命は皮肉で、
結果的には、連合艦隊を率いて開戦を迎えることとなったのでした。
真珠湾では奇襲に成功しましたが、ミッドウエィでは完敗。
そして、昭和18(1943)年、ブーゲンビル島上空で搭乗機を撃墜され、戦死。
死後、元帥を追贈されました。
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「神様」東郷平八郎とは生前はソリが合わなかったようですが、
墓所は隣同士で、墓石の形もよく似ています。(H)
by triangleYYY | 2009-03-20 22:13 | Comments(0)